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2013年6月10日 (月)

上海中医学留学生活 42週目

上海での中医学留学生活、42週間目です。

預医班のムードに、9月からの本科生の授業風景の不安を覚える。
『水は答えを知っている』が化学の授業で出てきて予想外にビックリ。
イトコの愚痴に呆れ、同時に僕の日本在職時代の似た境遇に思いをめぐらせる。

■ 預医班の冷めた雰囲気

なんどかブログに書いているけれど、預医班について。
預医班というのは「大学入学前に中医に関わる中国語を学びましょう」という目的で解説された語学生向けのコースだ。
今学期は「中医中国語(中医に関わる文章をもとに中国語文法を学ぶ)」と「化学基礎(フツーに化学を学ぶ」という2コマが開講していて、語学授業のない午後に学んでいる。

その性質上、このコースを履修している学生はほぼ100%が大学入学を予定しているのだけれど、学生によっては「こいつらやる気あるのか」という子もいて、それが将来の本科生の縮図の可能性があると思うとちょっとユーウツになる。

語学コースが「初級A、初級B、中級、高級」とクラス分けされているのに対して、預医班ではひとつのクラスしかない。
そのため、学生間の語学力のバラつきは相当なものがある。

「中医中国語」の講師もそのことの欠点はわかっているのだけれど、かといって「初級Aに合わせ」ては授業がちっとも進まないので、やはり上級クラスの水準に沿って授業がすすみがちだ。
化学については「かつて母国の中高校で学んだ内容」とはいってもやはり外国語を用いた学問は難しく、生徒の腰は引けがちだ。

語学のハードルが引き金となっているのか、それともそもそも学生のモチベーションが低いのか、ニワトリとタマゴのような関係だけれど、モチベーションが低い学生はとことん低い。

まず名簿に名前がありながら一度も姿を見せたことのない学生がいる。
彼は前学期に僕と一緒に中級クラスで学んでいたのだけれど、そのころは預医班の前半には姿を見せていた・・・「前半」というのは、そのころに按摩クラスがあったからだ。
しかし後半になり「中医中国語」の座学だけに切り替わっては姿を見せなくなっていた。
そもそも語学コースにすら途中から姿を見せていなかったのだけれど、今学期は語学コースにはかろうじて時おり姿を見せているらしい。

出席する学生についても、その授業の態度は二極化している。
ただ着席しているだけで、講師から指名されても「・・・わかりません」しか答えない学生。
当初は語学力のハードルが障壁になっているのかと思ったのだけれど、実はそうではなくそもそも問題を解こうという意欲がないらしい(彼らは授業から何を学び取っているのか?)。
一方で、まごつきながらも必死に発言しようとしている学生もいる。

・・・まぁ別に驚くには値しないのかもしれない。
自分が日本で学生をやっていた頃だって似たようなものだったのだし、社会人になってからだって組織のメンバーが千差万別であることはイヤというほど見ていたのだから。
会社と異なり、彼らのような学生がフリーライダーとして組織のスコアを下げるわけでもないのだから、放っておけばいいのかなぁとも思う。

でも、時おり講師が見せる「やれやれ・・・」という失望の色や、あるいはこのような倦怠感が本科生になってからも顔を見せるのかもしれないと考えると、やっぱり清々しくはないのだった。

この預医班のムードが、もしや9月からの本科生の教室の縮図だとしたら・・・?
と思うと、かなりイヤな気分になる。
さすがにそんなことはないよな??と神に祈る気分だ。

■ ボルダリング

クラスメイトがボルダリングにはまっているというので、僕も連れて行ってもらった。
以前上海体育館のフリークライミングを遊んだときにちょっとだけ試したのだけれど、今回は完全にボルダリングのみ。
韓国人のクラスメイトも興味があるというので一緒に行った。

ちょっと調べてみると、上海という街は本当にたくさんのボルダリング施設があるよう。
東京よりも市民権があるんじゃないのかな?

前回は疲労したのは腕だけだったのだけれど、今回は全身の筋肉痛が何日も取れなかった。
今回は全身の筋肉をしっかり使ってプレイできたからだと思う。
ふくらはぎから腰、背中、肩、腕と全部筋肉痛。
ここまで全身を使うスポーツだとは思わなかったよ。

上海体育館に比べるとプレイヤーの数が多くないようで、設備はやや新しめ。
つかむところの磨耗が進んでおらずザラザラしているのだけれど、それを「グリップが効くぜ!」と体重をかけてブランブランしていたら、手のひらの皮がズルリとむけた・・・。
2、3日水仕事がつらい体験となったのでした。

プレイ後はジム近所のレストランで食事をして帰宅。
ビールも飲んで1人あたり45元の優良レストラン。
また行きたいな!

■ 『水は答えを知っている』が授業に出てきた

化学の授業で「溶液」について学んだ。
冒頭のスライドで、『水は答えを知っている』の写真が表示された。

「うぉっ」と思っていると、先生が聞いてきた。
「山田(授業では敬称をつけない)、日本の本だよね。知ってる?」
「知ってますよ・・・」と僕。
「溶液について学ぶ前に、まずこの本の紹介をしたいと思います」

ざわつく教室。
といってもざわつく理由というのは「水は答えを知っている」というミステリアスな題名に対する好奇心。
学生は本の存在を知らないのだ。

僕は聞いてみた。
「先生・・・本の内容、信じてる?」
「信じてるよ!」と先生。

その後先生はスライドを進めて、「ありがとうと聞かせるとキレイな結晶」、「きたない言葉を聞かせると汚い結晶」の例の実験の話を説明した。
学生は「へぇー」と半信半疑。
幸い?その後の授業は『水は答えを知っている』など出てこなかったかのように普通に進んだのでした。

このことをtwitterで書いたら、100近いリツイートが続いて驚いた。
なかには「困った先生ですね」という趣旨のメッセージもいただいたりもした。

あらためてネットで調べてみると、『水は答えを知っている』という存在は結構深く日本に根付いているようだった。
中には道徳の授業に用いる教師もいるようだ(水ですら感情を理解するのだから、万物に対して尊重の意を示しなさい云々)。

まさか上海に来て『水は答えを知っている』が話題になろうとはさすがに予想もしておらずビックリしてしまったのだけれど、この講師の場合は学生に深い影響を与えることがなかったので、「見なかったことにしよう」と思うことにした。

僕個人的には『水は答えを知っている』の見解には否定的なのだけれど、本を読み込んだわけでもないし、反証実験をしたうえでの否定ではないのだから、あまり大声で「先生、それニセ科学だよ!」というのはフェアではないと思う。
でもさぁ、人間というのは本当に多種多様な生き物で、仮に人間の感情がたとえば水のような物体に働きかけることができるとしたら、この世界はメチャクチャになっていると思うんだよねぇ。

■ 粽子(チマキ)をつくる

中国では6/10~12まで端午節という連休になる。
端午節では粽子(チマキ)を食べるという風習があるのだけれど、語学学校のイベントで粽子を巻いた。
学校側がもち米や笹の葉などを用意してくれて、僕らは講師(近所のおばちゃん?)のガイダンスに従って粽子を巻く。
葉っぱで器を作ってもち米を詰めて、タコ糸で縛って・・・という作業なのだけれど、これが意外に難しい。

何度か試しているとコツがつかめて、それ以降はスムーズに作業が進んだ。
なかにはもち米をばら撒いてしまい、ブーたれて作業を放棄する学生もいる(笑)。

時間の都合上、調理工程は学生が個々で自宅で行うことになった。
僕は自分の作った分とおばちゃんが好意で分けてくれた分、合計6個を持って帰った。

台湾で食べたことのある粽子は蒸して食べるのだけれど、中国風は茹でるということだった。
炊飯器に水を張り、粽子を入れて40分ほど茹でた。
「茹でたら中のもち米がべちゃべちゃになるんじゃないかなぁ」と心配だったのだけれど、それは杞憂だった。
葉っぱを開くと、中はフカフカしたもち米がぎっしりとつまっていて、葉の香りが香ばしかった。

とてもおいしくいただきました。

■ ヨメのイトコの愚痴と、不満のある舞台での前向きな生き方

タイに住むヨメの叔父が中国に出張に来たというので、その滞在中の夕食を二度一緒に食べることになった。

お呼ばれでの食事なので、「豪華な食事」、「そのくせ食費は向こうもち」というオイシイ設定だ。
しかし今回の食事は手放しに喜べない体験をすることになった。
なぜなら毎回の食事後にイトコの愚痴を長時間聞くハメになったからだ。
食事を1時間楽しみ、愚痴を2時間くらい聞くというサイクルを二度経験した・・・。

ヨメのイトコは、父親が上海で経営する会社に勤めている。
現在彼が関与するのは漢方薬の加工~販売、そしてアロマオイルの販売だ。
父親の秘書兼なんでも屋、というのが実際の仕事内容らしい。

あれやこれやと言っていたのだけれど、一言でいえば「親父にもっとかまってほしい、認めて欲しい」ということになるようだった。
(日を違えど内容は同じだった)

・父親は台湾在住時代にあまり優しくしてくれなかった
・そのせいでオレはまともな青年時代を送れなかった
・教育も高い水準で受ける機会がなかった
・今あまり仕事で成果が出ないのはそのせいだ
・親父はオレの意見にあまり耳を傾けてくれない
(今扱う漢方薬に将来性がないと進言しても聞き入れてくれない)
・オレはひとりでこんなに頑張っているのに報われない
・オレは金を稼ぎにこの国に乗り込んで来たのに、これではかなわない

叔父と白酒を傾けながら愚痴っていたのだけれど、根気強く効いていた叔父も少しずつ「しつこいなぁ」というムードが出てきた。
叔父がイトコの肩を抱いて「よくやっているよなぁ」というと、イトコはそれがスイッチだったようにオイオイと泣き出した。

ヨメの話からすると、事実彼の父親はワンマン社長で、「イケイケGOGO」でやや見切り発車なところがあるらしい。
でもイトコがいうような突き放すような態度で接しているわけでもないらしい。
イトコの会話の端々には「休日も親父から意見を求められる電話が来て忙しい」というエピソード(忙しい自慢?)がでたりもする。

僕はイトコと叔父のやり取りを眺めて苦笑してあきれながら、同時に「日本時代の悩みと一緒だなぁ」とも思っていた。

イトコは(息子というコネでこそ)会社の幹部に重用され、社員を使役できる立場にある。
社長はかなり外交的に仕事を行う人で、しょっちゅう外出しては著名な人々と交流していて、彼もそれについていっている。
外野から見ても「父親から愛されている息子」で、おそらく彼がビジネススクール的なところに行きたいといえばよろこんで学費を出すだろう(きっと業務上の意見は通らないことも多々あるだろうけれど、こういう希望はすんなり通るんじゃないかな)。

この中国では日本以上に社会の格差が大きくて、彼は恵まれた立ち居地にいるといえる。
実践の舞台が用意されているし、あるいは将来の機会すらストレスなく入手することもできる。
そのくせ今の舞台のモジモジしながら「オレがこんなに頑張っているのに」と他者のせいにするのは、他のチャンスのない中国人に失礼な話だ。

一方で、イトコが望むような、仕事上で誰もが認めるようなスマッシュヒットをかまして認められるような機会は、イトコに限らず少ないのが現実だ。
でもスマッシュヒットだけが「成果」だけではないし、他者から見えるものだけが「成果」でもない。
自分だけでも確認できる「成果」を設定してそれをスモールゴールにしながら自らをモチベートする工夫が必要だし、さらにいえばそれを他者にアピールする狡猾さだって必要だ。

もう少し広いいい方をするなら、不満を抱えながらも今ある舞台でやり続けるというのなら、その舞台を嘆くのではなく、あらためてその舞台が何によって構成されているのかを冷静に見定める必要があって、なにを武器に選定しどのような成果をあげることができるのかを計画しなければいけない。
それは「親父の指示」を達成するというゴールでもあろうし、またその先の「自分の意見を通す」の布石、そして将来への動機付けでもある。


・・・と書いてみるのだけれど、それじゃぁ自分の在職時代はそんなにサッパリと割り切ってサバサバやれたかというと、そんなことは全くない(笑)。
末期には精神は絶えずドロドロしていたし、ひどい思いもした。
僕だっていわば「機会は与えられた。その先の成果を出すかどうかは自分次第だ」というポジションにいたのだ。
「いや、オレの場合は違うよ、だってさ・・・」といい訳がでそうになるけれど、でもそれってイトコと同じじゃない・・・?

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プロフィール

  • こんにちは。

    僕はコールセンターでオペレーション部門のマネジャーだった元サラリーマンです。2013年より上海で中医学を学んでいます。
    →2019年の医師試験に奇跡的に合格、晴れて中医師に!
    →就職活動を始めるも、中国ビザ規定では「経験2年以上でないとダメ」、新卒じゃダメじゃん
    →ある外資系クリニックに事務系何でも屋として拾ってもらう(いまココ)

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